山古志とは
山古志は、新潟県のほぼ中央に位置する自然豊かな山間の丘陵地です。錦鯉の養殖や、山の斜面を切り開いて作った棚田、「牛の角突き」と呼ばれる闘牛などでその名を全国に知られています。2003年に放送されたNHK連続テレビ小説「こころ」の舞台になり、情緒あふれる四季折々の美しい景観が人々の心をうちました。冬期には2m以上の積雪がある豪雪地帯としてもその名を知られています。
2004年10月に起きた中越大震災によって、のどかな生活や、美しい風景が一瞬にして失われました。全住民の避難、水没する集落、崩れ落ちた棚田、錦鯉や闘牛などの産業への打撃など、山古志全体が壊滅的な被害を受けました。仮設住宅での長い避難生活を経て、2007年4月1日、ようやく全集落への避難指示は解除されました。山古志は現在、幾多の困難を乗り越え、住民が団結・協力しながら、地域の復興・再建を進めています。

 山古志の魅力
牛 の 角 突 き

道幅が狭く段差のある棚田での農作業で、牛は貴重な働き手でした。荷物を運搬したり、堆肥の元を作ったり、食糧源となるなど、山間の暮らしに牛はなくてはならない存在だったのです。世界有数の豪雪地帯であるこの地域に最も適していたのは、足腰が強く、寒さや粗食に耐え、闘志に溢れ、人に慣れやすい岩手産の南部牛でした。南部牛とともに生きる生活の中で、牛の角突きは神事として行われるようになりました。これが現在、国の重要無形民俗文化財である「牛の角突き」として受け継がれているのです。

山古志の牛の角突きの特色は「勝負づけ」をしないことです。暮らしの知恵と、牛への思いやりから生まれた越後独特のルールなのです。
錦 鯉

山古志は錦鯉発祥の地と言われています。

棚田に水を引くため、村人たちは横井戸を掘って山の地下水を取り出しました。雪解けの地下水は冷たすぎるので、棚田の一番上の段に池を作り、いったんそこに水を貯めてぬるませました。その池で食用の鯉を飼ったのが山古志で鯉を飼うようになった始まりです。その後、田植えが終わった水田に稚魚を放しておき、秋に成長した鯉と米の両方を収穫するようになりました。その食用の鯉がある時突然異変を起こし、色つきの鯉に変化したのが錦鯉の始まりです。山古志では「色鯉」と呼び、より美しい姿になるよう改良を重ね、現在では山古志を代表する産業になりました。
棚 田

山古志には、昔ながらの日本の原風景に魅せられたカメラマン達が、一年を通して数多く訪れます。特に、四季折々、様々な表情を見せてくれる棚田の風景は、プロならずとも、カメラのシャッターを押さずにはいられなくなるほどです。 10箇所の撮影ポイントがあります。息をのむほど美しい一瞬を見つけて、自分だけの一枚を撮ってみませんか?

山古志の地は五百万年という歳月をかけて、海底が山になりました。海底の泥や砂でできた地層はもろく崩れやすい上、雪が解けることで多量の水が地下水に染み込み、地盤を一層不安定にし、地すべりを多発させました。地すべりが起こるたびに山は緩やかに傾斜にしていき、斜面を棚田に切り開くことを可能にしたのです。100年に1度ほど起こる地すべりや地震で棚田の一部が崩壊します。崩れるたびに新たに畦(あぜ)を作って修復し、それをくりかえして現在のような美しい千枚田になったのです。
古 志 の 火 ま つ り

古志の火まつりは、宿命として耐え続けた豪雪を逆手にとって地域興しに役立てようと、昭和63年4月10日に、旧山古志村種苧原の雪原を舞台に行われました。このイベント最大の見所は日本一の巨大なさいの神です。高さ22.5m、台座の直径10m、樹齢100年の杉の巨木に、村民が持ち寄ったカヤ800束、稲わら1,500束を巻き立てたものです。午後6時の点火、闘牛太鼓の鳴り響く中、凄まじい炎が天を焦がします。花火も打ち上げられ、まつりの興奮は最高潮に達します。
平成17年は中越大震災により長岡市内千秋が原で行われ、地域復興への誓いと、全国の支援者への感謝の炎を燃え上がらせました。  
また、平成20年3月9日には、4年ぶりに山古志で開催されました。
中 山 隧 道

第二次世界大戦前の1933年(昭和8年)から16年もの歳月をかけて、住民の手によって掘られた全長877mのトンネルです。手掘りのトンネルとしては日本最長のもので、国道の中山トンネルが完成するまでの50年間、生活道路として人々の暮らしを支えてきました。  
隧道ができる以前の小松倉集落は、冬の間、4mを越える豪雪に閉ざされる陸の孤島でした。冬の峠越えは遭難の危険を伴う命がけの事で、病院へ行く事さえも困難でした。資金も道具も満足にない中で、村人たちはツルハシを手に隧道を掘り始め、16年の歳月をかけて魚沼市(当時の広神村)までの道を貫通させ、悲願を達成させたのです。

ツルハシの跡ののこる隧道の内部からは、当時の掘り人達の壮絶な岩盤との闘いの様子や、隧道を切望する心情が切々と伝わってきます。

中山隧道は、徒歩で通り抜けるのに10分程かかります。照明が所どころにありますが、真っ暗な場所もありますので、懐中電灯を持参してください。